謝るということ 許すということ

昔酷いことしてしまったなあ、という人達に

謝りたいなあっていう気持ちがある

それは私のエゴであり、当人にとってはいい迷惑でしかないと思う。

今更、という感じもあるし、

もしかしたら何を謝っているの?と私に対して何も思っていない人もいると思う。

そして謝ることすらももう出来ない距離や関係であることが多い。

逆に謝ってほしいなあ、という人もいる

だけど、それも私側だけの感情であって

当人は何も悪いことなんてしていないって思っている人がほとんどだろう。

その時私が、自分自身の気持ちを踏みにじられたように感じたり、嫌だったり

私はこれが嫌だったの、だからやめてくれる?

ってことを伝えられずに過ぎていってしまったことがほとんどだからだ。

ただその場で伝えられたら、何のわだかまりもなく時間は過ぎていっただろう。

そこでその人がやめてくれたり、わかってくれれば。

どちらにしても

謝りたい出来事も

謝って欲しかった出来事も

過ぎてしまった今では

自分が自分に許すしかない場合が多い

どちらの体験にしてもその体験を許していくってこと

余談なんだけど

両親に対して、憎しみや怒りの感情があった時は

ずっと謝って欲しかった。

そして自分自身が癒され、自立、ということができて

両親に謝ってほしい、という感情がなくなったその時に

こちらが何も言わなくても

突然、向こうから謝ってくれた。

今までごめんなさい

あなたたちのことをもっとちゃんと見て育ててあげられなくて

ごめんなさい

そしてそれは本当にもう自分の中で許していたことだったので

そのまま静かに時は流れていった。

人を傷つけることは

本当は自分自身を傷つけている

許していない自分自身だったりする

謝りたい相手が沢山いる、という私は

かつての私は

私を許していきたい部分が沢山あった

自分を受け入れていく部分が沢山あった

ということなのだ

癒されていくと

自分を許して

自分を受け入れていくことができるようになる

それはとても柔らかくて優しく、温かいものだ

ヒーラーとは自分を癒す人のことです

と私のヒーリングの師匠は教えてくれた。

私はこれからもきっと

どんどん柔らかくて優しく、温かい感情を味わっていく

喜びと情熱も一緒に

ʻOluʻOlu

自分が望む人生を生きる 《環境・人間関係・仕事・お金・パートナー》 未来を創造していくセッションと講座を開催しています 身体・心・魂が一致した人生を生きるとき、 その人の人生は喜びに満ちていきます